母、猫の母になる

友人がどんどん25歳になっていく。

わたしも次の1月がくれば、25歳になる。

 

わたしの母は、8月で50歳になった。

 

わたしは、母がわたしを生んだ年齢になりつつある。

 

25歳で母になる覚悟を持った母は、偉いなぁと思う。

 

同時に、これから先の母の人生は、わたしと生きている時間のほうが長くなる。

 

ここから先は、第一子であるわたしを生んで、母となってからの人生のほうがどんどん長くなっていく。

 

母の人生、ここから先どんどんどんどんわたしと生きてきた時間のほうが長くなっていく。

 

そんなことをふと思い、なんだかとてもうれしくなった。

 

今月から一人暮らしをはじめた。

 

生まれてはじめて母のもとを離れ 、一人で諸々の契約をし、なんとか自分の稼いだお金で毎日を生きている。

 

だからこそ、こんなことを思ったのかもしれない。

 

最近、わが家(京都の家)には、わたしと入れ違いで子猫がやってきた。

 

それはそれは、かわいい3ヶ月の女の子で、長女がやっと出ていったかと思えば、今度は猫の四女がやってきた。

 

母は、三姉妹全員が成人し、いよいよ子育てから離れた途端、また猫の母になり、三姉妹に注いできたのと変わらない愛情を猫に注いでいる。

 

世にいうおばはんは、自分の子に注ぐ必要性が薄くなった母性を垂れ流すため世話焼きになっていくのかな。

 

垂れ流す猫がいてよかったな。。。とふと母に思った。

 

24個下の妹は、とんでもなくおてんばで、急に決まった新しい家であばれ倒しているらしい。

 

猫にも、母にもできるだけ長生きして、できるだけ長く一緒に生きてほしい。